空白の意匠

とある広告関係の書籍を読んでいると、その中で松本清張氏の短編「空白の意匠」が紹介されていました。最近、ビジネス書以外読んでいなかったのですが、どうしても気になって手にとりました。

この作品は、小さな地方新聞社と大手広告代理店の力関係が見事に描かれています。また、新聞社内部の、報道と営業の価値観の違いからくるせめぎあいなど、根の深い問題も、短編の中で見事に描写されています。

とある新薬の広告と、その新薬による事故の記事が、同日の紙面に掲載されます。広告は、大手代理店経由で掲載が決定したもの。記事は警察発表が、ほぼ、そのまま記事になるのですが、舞台となった地方紙は、他紙よりも詳細で具体的な内容で報道します。しかし、その新薬と事故の因果関係がないことが科学的に証明される、というところから話が急転します。

大手代理店の担当は怒り心頭で、その広告主どころか、この新聞社との全ての取引を停止すると脅しをかけてきます。このままでは、新聞の広告スペースを真っ白のまま発行することになってしまう、さぁどうする、という苦悩が襲いかかります。

この状況下で地方新聞社の営業を支配しているのは、その代理店の扱いが停止することイコール新聞社の経営自体が傾くこと、という恐怖感だけです。これを阻止できるのであれば手段は選ばない、というところが生々しく伝わってきます。ここには、広告の役割だとか、その効果だとか、編集権の独立だとか、ジャーナリズムだとかそんな発想は一切ありません。とにかく、スペースを空白にしないこと、大手代理店の機嫌をこれ以上損ねないことしかありません。

ところでこの短編、初版が1973年だそうです。作品の中にもでてくる、東京出張の際に夜行列車を使うシーンなどが時代を表しています。それから35年。インターネットの時代になり、広告ビジネス周辺もメディア周辺も大きく様変わりしました。ただ不思議なのは、35年前の作品であるにも関わらず、一部の描写を除けば、妙に生々しく、昨日今日のことのように感じらてしまうことです。中の人にとっては・・・。


2 Comments

  • 大脱走

    2010 年 7 月 30 日

    初版が1979年でありません。1959年です。同年テレビドラマ化もされておりまする。今から何と半世紀以上も前の作品です。時代は変わっても、人間は変わりませんということでしょうね。

  • saygo

    2010 年 7 月 30 日

    >大脱走さま
    コメント、また間違いのご指摘をいただきありがとうございました。
    テレビドラマにまでなったとは知りませんでした。
    私は、しばらく前まで、地方新聞の中にいましたが、まさにこの小説に書かれているようなやりとりを生々しく経験したことがあります。
    おっしゃるとおり、時代が変わっても内側はさほど変わっていないようです。

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