地方都市日記さん、愛と妄想の日々さん、猫手企画さん、RememberMeさん、ガ島通信さんたちの間で繰り広げられる「新聞デザイン論」。紙面レイアウト、デザインなどの話からフリーペーパーの話まで、かなりフィールドが広がってきているようです。
でも、ひとつ肝心な視点が抜けているのでは、と思います。読者(コンシューマ)の意見はどこに反映されているのでしょうか。紙面を変える、商品を変えるのは誰のためですか。仮に読者のためだ、と言うのであれば、その読者とは誰を指しているのでしょうか。テレビ欄を中心に1日5分閲読する10代?それとも必要な部分だけを拾いながらじっくりと読む50代?隅々まで2時間かけて目を通す70代?「何となくこういうのがうけそう」とか「経験上、こういう紙面が好まれるはずだ」とか「自分たちが色々な媒体を研究した結果これが好ましいはずだ」とか…。もしそういう曖昧な盲信が根底にあるのであれば、まずそれをかなぐり捨て、コンシューマに聞くところから始めてはいかがでしょうか(嫌味に聞こえたらすみません。自省を込めての発言です。)
一般的にメーカーが、自分のところの商品を開発、投入する際には、まずマーケットリサーチからスタート。そこで商品のポジショニングやブランドコンセプトを明確にします。さらには徹底的に商品の完成度を高め、テストマーケティングなどを行い、万全を期して市場に商品を投入するのです。はたして新聞社は一メーカーでありながら、これまでこのプロセスを踏んできたことがあるのでしょうか。
確かに新聞は「マス」メディアなので、子供からお年寄りまでが一様にターゲットコンシューマです。であるがゆえに、顧客志向やターゲット論が語られることが少なかったのかもしれません。また「新聞は一般の商品とは違う、文化的価値のある…」といった考え方もマーケティング思考を根付かせることのできなかった要因なのでしょう。何しろ「一家に一部がステータス」と長年信じられ(信じ込ませ)てきたわけですから、そういう発想に行きつかなかったのも無理のないことかもしれません(色々な法律でも保護されてますし…)。
しかしながら、こういう話を新聞社内ですると「報道の使命は読者を喜ばせることではない」とか「新聞を一般の商品と同列に扱うのはおかしい」とか、よく報道関係の人たちから猛反撃を受けます。よりよい商品(商品と呼ぶなとも言われますが…)作りのための提案をしているつもりが、ジャーナリズムはそんな代物ではないという意見で切り替えされてしまうのです。こんなことばかり言ってるから「第4の権力」などとありがたくないレッテルを貼られ、読者との距離、目線が離れていく一方なのだ、と声を荒げたくもなるのですが、これ以上愚痴ると色々なところで顰蹙を買いそうなので、ここらで皆さんが思い描く「新たな新聞像」の方に話を戻します。
まずスタートラインとして、
�マス媒体であり続ける?ターゲットメディアの集合体を目指す?そもそもコンシューマは何を望んでいるの?
�(もしマスメディアであり続けるならば)「マス」メディアに届けてほしい情報って?
�コンシューマが新聞を買う理由、本音は?(建て前ではなくて…ここが大事)
�新聞のいい所、ここが嫌い(グルインとかで?)
�体裁についての好き嫌い(「電車の中でかさばる」とかそんな意見)
などなどの、コンシューマの生の声を拾い上げましょう。
※新聞関係がリサーチの主体になると、かなりバイアスがかかる(経験上)ので、調査手法が難しいなぁと思いますが…。
まずコンシューマの本音を聞けば、必要とされる新聞像がきっと見えてくるはずです。それで必要とされないと分かったときに、始めて本気で輪転機を捨てることを考えてみましょう。
ガ島さんのコメント欄で、大西宏さんから
でも新聞社がリサーチに投資する文化はナイかもしれないですね。
とストレートでかつ温かい突っ込みをいただいているわけですから、少し切り口を変えて論議してみても良いのかもしれませんね。
終息に向かいそうな論議に、油を注いで申し訳ないのですが、せっかくの機会です。新聞関係者以外のご意見も聞きながら、もう少し話を深めてみてはいかがでしょうか。
何度も繰り返しますが、新聞業界の商品作りには、あまりにも「思い込み」からの発想が多すぎる。まず外の声に真摯に耳を傾けましょう。
コメント
見せ方から中味を変える〓
大晦日を目前にしてようやく少し時間が取れたので後編(笑)
前回のエントリーの締めでカイムは地方紙が「地方ニュースとナショナルニュースのバランスで悩む」原因を共同通信が配信してきた記事をただ整理して自紙に載せるだけであることが原因であり、地方ニュースであれ
見せ方から中味を変える〓
地方都市日記さんの地方紙は整理(デザイン)で差別化すべきかというエントリーにトラックバック。
これは同じく地方都市日記さんの地ダネとナショナルマターのバランスというエントリーにカイムが入れたコメント
「ただ、カイムは地方紙のレイアウトを大手紙のそれと大き
地方紙はデザインで変革できるか2
輪転機を捨ててしまってはや3週間(^^;)
すっかり忘れた頃にまた始めるわけですが、ちょっとフォローを。
印刷・制作職場の方には良くしてもらっていますし、彼らと先輩たちのおかげで今の新聞のクオリティーが出せているのは事実です。劣悪な環境下で働くその頑張りには本当に頭が下がります。
■製品の問題点
そんなわけですっかり悪者になった私ですが、輪転機は新聞の中にあるいくつかある地雷のひとつに過ぎません。あえて踏みに行ったのは、それだけ現在の新聞紙面を製品と考えると問題点が多いと思うからです。
私が考えている問題点を列挙してみると
1.版型が大きすぎる
2.色の再現性が…
デザインの事について
大西宏さん、テサラックさんなどマーケティング系の方から突っ込みを入れられましたが、そこらへん考えてみます仕事終わらせてから…それぞれ視点が微妙に違うな、という気はしていたのでまとめてみたい気はしています。実際どうなのか作例が挙げられるようになれば一番いいのですが。
コメントありがとうございました。私の方でもリンク・リストに登録させていただきました。
世代だけで見ても、これだけ、育ってきたメディア環境が違う時代に、「マス」を掲げていることに違和感がありますね。
新聞デザイン論争に参入!
ホームページ制作
新聞のデザインについていくつかのブログが取り上げていました。中高生向け紙面をリニューアルするにあたってレイアウト、デザインについては相当研究しました(*参考「小さな勝利宣言」)。まずチームのデザインへの意識を共有・向上するために
はじめまして
もうひとつの買い手、広告主さんの要望っていうのはどの程度反映されているのでしょう。
電波メディアに比べれば内容と広告の関連がはるかに薄いようにみえますけど実際のところはどうなんでしょう、通りすがりの素人としてはそんなところにも興味があります。
大西宏さま、コメントありがとうございます。
おっしゃるとおりです。でも同時に、マスメディアだからこそ成り立っているというパラドックスも内包してしまっているのです。最近もう手遅れかも、とも思いますが「マーケ思考を新聞に…」との気持ちで日々苦闘しています。
Mt.Baca登頂隊Kさま、コメントありがとうございます。
広告主さんの要望、実は、まさに今リサーチをやっているところです。「新聞広告は他メディアに比べここが違う」との徹底的な差別化ができていないところが一番の問題みたいですね。地方ではいまだにお付き合い出稿も多いし。
通りすがりといわず、今後ともよろしくお願いします。
あらためて新聞デザインを考える
「愛と妄想の日々。」のKaimさんとわたしのやりとりから始まったこのテーマ。猫手企画@新聞屋さんから「地方紙はデザインで変革できるか」というエントリをいただき、ガ島通信さんからも「近々参戦させていただきます」というメールをいただいています。静かに広がっていて
紙を捨てて、街に出よう?〜新聞のデザインを考える・2〜
まずは、前回のエントリー「Design for the FUTURE〜新聞のデザインを考える」にTBやコメントを下さった皆様に感謝します。「そのベクトルを記事の中身に反映させられたら」というkaimさんからのコメントには、うんうんと頷き、テサラックのあいださんの「そこに読者の視点が
いちど振り出しに戻すと…。
新聞のデザインの話に、たくさんの方が参戦されている。
ざっと羅列しても…
地方都市日記さん
猫手企画さん
いい国作ろう!「怒りのぶろぐ」さん
Your Way, My Way, Any Wayさん
テサラックのあいださん
Remember MEさん
大西 宏のマーケティング・エッセンスさ