火曜日, 12 月 16th, 2008
とある広告関係の書籍を読んでいると、その中で松本清張氏の短編「空白の意匠
」が紹介されていました。最近、ビジネス書以外読んでいなかったのですが、どうしても気になって手にとりました。
この作品は、小さな地方新聞社と大手広告代理店の力関係が見事に描かれています。また、新聞社内部の、報道と営業の価値観の違いからくるせめぎあいなど、根の深い問題も、短編の中で見事に描写されています。
とある新薬の広告と、その新薬による事故の記事が、同日の紙面に掲載されます。広告は、大手代理店経由で掲載が決定したもの。記事は警察発表が、ほぼ、そのまま記事になるのですが、舞台となった地方紙は、他紙よりも詳細で具体的な内容で報道します。しかし、その新薬と事故の因果関係がないことが科学的に証明される、というところから話が急転します。
大手代理店の担当は怒り心頭で、その広告主どころか、この新聞社との全ての取引を停止すると脅しをかけてきます。このままでは、新聞の広告スペースを真っ白のまま発行することになってしまう、さぁどうする、という苦悩が襲いかかります。
この状況下で地方新聞社の営業を支配しているのは、その代理店の扱いが停止することイコール新聞社の経営自体が傾くこと、という恐怖感だけです。これを阻止できるのであれば手段は選ばない、というところが生々しく伝わってきます。ここには、広告の役割だとか、その効果だとか、編集権の独立だとか、ジャーナリズムだとかそんな発想は一切ありません。とにかく、スペースを空白にしないこと、大手代理店の機嫌をこれ以上損ねないことしかありません。
ところでこの短編、初版が1973年だそうです。作品の中にもでてくる、東京出張の際に夜行列車を使うシーンなどが時代を表しています。それから35年。インターネットの時代になり、広告ビジネス周辺もメディア周辺も大きく様変わりしました。ただ不思議なのは、35年前の作品であるにも関わらず、一部の描写を除けば、妙に生々しく、昨日今日のことのように感じらてしまうことです。中の人にとっては・・・。
Tags: ad, books, 新聞
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木曜日, 12 月 4th, 2008
先日、とある会合で「君を幸せにする会社」の著者、天野敦之さんとご一緒する機会をいただきました。その席上では、ゆっくりお話することができなかったのですが、帰り際に声をかけていただき、著書までいただきました。某氏のブログに書評が書かれていたこともあり、気になる一冊ではあったのですが、まさかご本人から直にいただけるとは・・・。感謝です。
実は、そのブログでの書評を目にしたとき、そのタイトルが記憶に刻み込まれていました。
2006年1月、年頭にあたって、このブログで「人を幸せにするメディア」というエントリを書きました。既存メディアは、今こそ原点回帰し、そのスタイルではなく役割を見直すべし。そして、その役割を果たすことが、関わる全ての人たちを幸せにしているかを常に振り帰ろう・・・、という思いを込めたことを、今でもよく覚えています。手前味噌ですがそのエントリから少し・・・
じつは、「人を幸せにする・・・」というのは、昨年末にお会いした私どもの業界の先輩がおっしゃった言葉です。で、色々とお話をしていて、ふと考えた(反省した)のが、自分のやっていること(仕事)が「人を幸せにしているか」ということ。きれいごとかもしれませんが、その方とお話をして、自分の考えが行き着いたのが「人を幸せにするメディア」というキーワードでした。
この本の主人公「クマ太郎」は、大手企業に就職した後、社内公募でビジネススクール入学、ビジネスのイロハを習得したエリートです。ただ、父親が他界、若くしてリゾートホテルを継いだのですが、どうも経営が上手くいかないのです。ビジネススクールで学んだ手法をフルに活用しているのに、という悩みから全てが始まります。
これ以上書いてしまうとネタバレになってしまうので、あえて書きませんが。
クマ太郎が、さまざまな葛藤を経ながら行き着く一つの答えが、働くことの本当の意味であり、この本のタイトルにもある「幸せ」というキーワードなのです。その葛藤の描写に、すごくリアリティがあります。つい、自分自身と重ねてしまったり・・・。
天野さんにお会いしたは、11月26日の夕方。翌日の移動時間に読み始め、自宅に帰って就寝前には読破しました。物語風なのでサラサラと読めてしまうのですが、読み終えたあと、いろいろと考えさせられます。そして、その余韻が日に日に自身の中で大きくなっていく感じがします。はじめは、ビジネス書?自己啓発?と思いつつ読み進めたのですが、今思うのは、むしろ哲学書に近いかも知れないということです。
上手くいえませんが、尊敬する手塚治虫氏の漫画を読んだあとの感覚に似ています。
天野さん、ご献本ありがとうございました。
Tags: books
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水曜日, 11 月 12th, 2008
2008年4月、「次世代マーケティングプラットフォーム 広告とマスメディアの地位を奪うもの
」の著者、湯川鶴章さんのブログに次のようなエントリがアップされました。
米国取材の結果、本の内容を根本的に変更することに決めた。ということで200ページほどの原稿がすべて無駄になった。
この後、ブログではボツ原稿が全てアップされています。これはこれですごいボリュームで読みごたえがあるのですが、それをボツにしてまで書かれたのがこの本、ということからも分かるように渾身の一冊だと思います。著者は、「ネットは新聞を殺すのか」からここまで、メディア変容といってしまうと月並みなのですが、情報が生産され消費されていくスタイルの変化の半歩先みたいなものを、常に論じてこられました。そういった流れを思い起こすと、一種の結論めいたモノに到達されている感じさえします。
ところで、このブログで2005年4月に「広告が広告でなくなるとき」というエントリを書きました。この頃、ちょうど私は、インターネットとマーケティングに出会い、咀嚼しながらその親和性の高さを痛切に感じ、同時にマスメディア広告の限界を感じ始めたころで、「広告は受け手の情報欲求の具合によって、スパムにも不可欠な情報にもなりうるよなぁ」というようなことを考えていました。このおぼろげに感じ続けてきたこと、既存の広告にボディブローのように襲いかかる変化のイメージが、この本を読んだことで、明らかに確信へと変わりました。
この本の主題は、「広告がクリエイティブからテクノロジーへと本質を変えていく、これまで広告と呼ばれていた活動の重要なファクターが重心移動する」というようなことだと思います。その中で、エンドユーザーとのコンタクトポイントを最適化する手法に変化が訪れる、というか既に変わり始めているということが書かれています。このことが、SaaS型のeCRMを提供するsalesforce.comだとか、デジタルサイネージに代表されるような新しい広告デバイスを通して象徴的に語られています。
また、全編を通して一つの重要なキーワードが繰り返し使われています。サザエさんに出てくる「三河屋さん」がそれです。これが、テクノロジー×マーケティングの代表格ともいえるsalesforce.comと融合することで何が起こるか、というようなところがキモなのでしょう。三河屋のサブちゃんは、磯野家の御用聞き営業みたいなもので、無意識のうちにデータマイニング、テキストマイニングを行っているわけです。これはいわゆる経験則みたいなものかもしれませんが、このリアルなコンタクトポイントがあって、そこにテクノロジーをベースにした情報や設備のシェアが加わり「次世代マーケティングプラットフォーム」が形成されていくのでしょう。
ただ、この内容を快く思わない方々も、たくさんいらっしゃるはずです。恐らく、これまでの広告の概念を全否定するもの、今なお主流であるクリエイティブ重視のプロモーションスタイルを否定するもの、と捉えられてしまうのではないでしょうか。実際にそういった批判的な意見にも、多々遭遇しましたが、この現象は、あくまで重心移動であってゼロサムの話ではないことを念頭に論議をすべきなのだと思います。とかく、既存の枠組みの中にいると、こういった新しいテクノロジー系の話には排他的になりがちです(経験上・・・)。しかしながら、この論議に答えを出すのは、媒体社でもクリエーターでもありません。商品やサービスを届けたい、知らせたいと思う供給者と、その商品やサービスを消費するエンドユーザーのレスポンスこそが、その価値を決めることは必然です。
「次世代マーケティングプラットフォーム 広告とマスメディアの地位を奪うもの
」は、単なる既存の広告ビジネスの論評や、マーケティングに関する最新テクノロジーのレポートではありません。その先に訪れる新しい広告スタイル、まさに「広告が広告でなくなるとき」の出現を予言した内容だと感じました。
湯川さん、ご献本いただきありがとうございました。
Tags: ad, books, marketing
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火曜日, 5 月 27th, 2008
アップルとグーグル 日本に迫るネット革命の覇者
を読みました。
タイトルから、すごいセンセーショナルな内容を期待してしまっていたのですが、どちらかといえば〝おさらい〟的な内容だったように感じました。これまでも、散々この2社の取り組みには注目してきたので、漠然と思っていたことが、きちんと体系だてて整理できたという意味では価値ある一冊だったと思います。
ただ、毎日Cnet、JapanInternetComなどのIT系メディアや、アルファな人たちのブログなんかを追っかけている人は〝おさらい〟だと思って読み始めたほうがいいのかもしれません。
一方で、日本企業、特にバブル以前から、さほどビジネスモデルが変わっていない企業の経営陣には、ぜひ読んで欲しい一冊です。ブランディング、バリューチェーンなどへの認識が変わり、パラダイムシフトへ向かうきっかけになるのではないでしょうか。そういう意味では、既存マスメディアの経営陣にぜひ読んでいただきたいところです。
いずれにせよ、この2社は、今後の日本のビジネスフィールドでより大きな影響力を発揮するはずです。特に、日本のインターネット文化の特徴でもあるモバイル分野では、目の離せないというより、台風の目になりそうな存在です。やはり、この辺りを眺めると、Google+Amazon=Googlezonではなく、Google+Apple=Googleppleのほうがポテンシャルを感じてしまいます。
ところで、「本」の話に戻りますが、シルバーの装丁がすごくクールだったのですが、持ったときのべたつき感がすこし気になりました(私だけ?)。「ipodTouchには指紋がいくらつこうが、誰も文句は言わないだろ」というのと同じ、良い意味での作り手の哲学、プロダクトアウト戦略なのかな(笑)
Tags: apple, books, Google
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水曜日, 5 月 7th, 2008
佐藤尚之さんの「明日の広告」を遅ればせながら読みました。
「明日の・・・」というより、むしろ「真の広告」とは、こういうものだということを、実にわかりやすく、例え話を用いながら論じています。軽快で読みやすい文章でもあるし、既存の広告業界、メディアの関係者が、自らの仕事を振り返る材料として読んでみるのには最高の一冊だと思います。
この本の中で、佐藤さんが繰り返し用いられるキーワードの一つに「コミュニケーションデザイン」があります。私も、以前から多用するキーワードなのですが、その切り口が、広告の観点から見るのと、ウェブサービスの観点から考えるのでは、少し違ってくるなぁと思ったので、その辺りについて少し考えてみます。
結論からいうと、ウェブの進化で、コミュニケーションデザインは、広告からの切り口だけで語れなくなっているのだと思います。なぜなら、広告の表現手法の多様化と、ユーザー体験の多様化が複雑に絡み合って、「ここからが広告」という区別が曖昧になりつつあるからです。随分前に、「広告が広告でなくなる時」というエントリを書いたのですが、まさにその辺りの感覚が、顕著になってきたのではないかと思います。
一時は、私も、広告を広告らしくなく見せる工夫、例えばプロダクトプレースメントや、アドバゲーミングに注目したことがあります。また、テクノロジーを駆使した、コンテンツマッチや、ビヘイビアターゲティング(BT)などにも、大いに興味を持っています。これは、リーチを広げることや、CTRをあげるための手段だと考えれば確かに有効だと思います。しかしながら、広告を周囲に同化させ到達させるとか、ユーザーの属性に合わせて広告を投下するという、作り手、売り手側の論理が先行しすぎている感が否めないし、コミュニケーションデザインという切り口から見ると少しポイントがずれてしまうようにさえ思えます。必要な状況に、必要な広告(というよりメッセージ、情報)を投下するというか、需要と供給をマッチングさせるシチュエーションではありません。
これからの広告は、テクノロジーに後押しされて、さらに消費者からは「広告」と認識されないものに進化をつづけるのではないでしょうか。そして、既存広告の概念を超えたところで、新たなコミュニケーションデザインも生まれるのかもしれません
Tags: ad, books, コミュニケーション・デザイン
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