古きものが死に瀕している。でも誰も来るべきものを明確に見出せない。それがテサラック。

「ネットは新聞を殺すのか」から5年

火曜日, 12月 8th, 2009

2004年「ネットは新聞を殺すのか」という衝撃的なブログに出会いました。「新聞がこのままではまずいことになる」と、自身の仕事を通してぼんやりと感じだしていた私にとってはとても鮮烈な刺激で、同名の書籍「ネットは新聞を殺すのか」とあわせ、自分の仕事内容というか、進む方向を大きく変えるきっかけになりました。

はじめの頃は「新聞記者もブログを書いたらどう?」と少し煽り気味にブログエントリをあげる筆者に対し反発したこともありました。ただ、実際にメールのやり取りをさせていただいたり、お会いして話を聞いたりするうちに、筆者が新聞業界、既存メディア業界に伝えたいことの意味がよく理解でき、共感するようになりました。

そういった出会いに刺激を受けながら、この5年ほど、人生これまで経験したことのなかったくらい本を読みあさったり、大量のブログフィードを消化したりしながら、それなりに自分自身のやるべきことを追いかけてきました。最近では、ようやくライフワークってこんなものかなぁとか、自身のレゾンデートルはこのフィールドで生かすことができるのかなぁとか、少しずつ進むべき道、方向性も見えてきたような気がしています。

今日「ネットは新聞を殺すのか」の著者、湯川鶴章さんが、ブログ「IT潮流」の中で、所属の通信社をお辞めになるとの報告をされました。刺激を与え続けてくれた大先輩の決断に、一抹の寂しさを感じたりもしますが、新しい門出をお祝いしたいと思います。

と、ブログを書き進めながら考えました。
そもそも「業界を離れる」という私の発想自体が、ちんけな組織論に支配されているのかもしれません。いかんいかん、こんなんじゃパラダイムをこえることなんてできないなぁ、おいらもがんばらないと、、、

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新聞の行く末

金曜日, 10月 2nd, 2009

新聞の行く末を案じるエントリを度々アップしていたのも今は昔。
最近は、興味の軸足が、新聞から情報の媒介としてのメディアに移ってしまったので、大騒ぎするつもりもないのですが、一通過点としてメモを残すことにしました。

今日、Twitter上で、米国でこんなトピックがアップされていることを知りました。

SENATOR CARDIN INTRODUCES BILL THAT WOULD ALLOW AMERICAN NEWSPAPERS TO OPERATE AS NON-PROFITS

要は、米国上院のカルダン議員が、新聞社を非営利組織として再生する法案を提出したよ、ということみたいです。

そういえば、今年、フランスでは、政府が新成人に1年間無償で新聞を届ける(購読料は新聞社負担、配達料は政府負担)という政策が発表されました。フランスの新聞事情が独特という背景はあると思うのですが、国内では業界関係者を中心に、ネット上でちょっとした騒ぎになったことも記憶に新しいところです。
※フランスの新聞事情はこのブログ(らられぽーと)が詳しいです。

話を戻して、新聞社の非営利組織化という話ですが、国内でも何度か似たような話を聞いたことがあります。

実際、廃刊後に、非営利での復刊を目指した事例としては、鹿児島新報があります。この辺りは、新聞再生―コミュニティからの挑戦 (平凡社新書)に詳しくレポートされています。

また、現状のどうしようもない「新聞」はおいといて、純粋にシビックジャーナリズム的な観点で地域メディアを考えると、非営利組織での運営もありかも、という識者の意見を聞いたことがあります。ただ、機能面からアプローチすると、それもありなのかも知れませんが、縮小するマーケットにおいて、巨大な装置産業を果たして維持できるのかというところは、自身まだ首を傾げてしまうところです。

新聞の行く末に、別の選択肢はないのでしょうか、、、とか言う前に、果たして「新聞人」は、この辺りのトピックを押さえているのかなw
そのあたりが、問題の根っこだったり、、、

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あえてEPIC2014を振り返ってみる

火曜日, 4月 28th, 2009

私がウェブと積極的に関わるようになったのが03年。04年にブログを書くようになり、05年はじめには、ミクシィ、グリーなどのSNSに出会いました。同時に、マスメディアにはないネットメディアのポテンシャルを大いに感じ、自身の仕事のフィールドが変わるきっかけにもなりました。

そして、この頃、一部の有名ブロガーの皆さんを中心に、EPIC2014というフラッシュ動画コンテンツが話題になりました。今、見返してみると陳腐な内容もあるけど、当時は「NYTがオフラインに・・・」というくだりに、新鮮かつ恐ろしさを感じずにはいられませんでした。時間が経つにつれ新鮮さは失われてしまいましたが、今でも、時々振り返ってみると色々な気づきを与えてくれます。

デバイスの進化、ソーシャルメディアの多様化という部分では、EPICの未来予測は甘かったのかもしれません。ただ、新聞が唯一の抵抗手段としてオフラインに…という部分は、満更でもないのではないでしょうか。というより2014より前に決断を迫られる状況が訪れるのではないかと、一抹の不安を覚える今日この頃です。

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